やっと時間が取れたので、車を借りてハチくんに会いに行った。会うのは2週間ぶりだ。私がお世話になっている動物病院は、獣医師のご夫妻が運営されていて、私は普段、奥さまと連絡を取り合っている。LINEで写真を送ってくださったり、日々の様子など教えていただいていたので、大体の様子は分かっていた。ハチくんは比較的のんびり過ごしていて、頭を撫ぜると嬉しそうにすること。一緒に保護された小虎も、しばらく威嚇していて触れることもできなかったが、昨日くらいから近づいても怒らなくなったことなど、忙しい中、いつも丁寧に伝えていただいていた。ただ、2匹とも優しくて大人しい子、の印象だったので、「威嚇する」と聞いて意外だった。会長さんが依頼した男性が捕獲してくださったそうだが、知らない男の人だったので、余計に怖かったのだろう。
病院の保護室とは別の、大きめのゲージの中にハチくんたちはいた。2匹重なるようにぴったりと寄り添って眠っている。「ハチくん」声を掛けるとふわっと頭を持ち上げてハチが私を見た。「あ」、といったような顔を、一瞬したように見えた。思わずゲージの扉を開けて頭をガシガシと撫でる。よかったねえハチ。もう外で暮らさなくていいんだよ。ハチは外で見るより穏やかな表情に見えてホッとする。小虎はハチの陰に隠れるようにして少し緊張気味だったが、先生が後から部屋にきて、「あらー、いつもと全然違うー」と笑ってくださった。
ゲージの前で先生と、これからの事を長い時間かけて話した。私が飼うと決めたこと。場所を用意するまで、もうしばらく預かって欲しいというお願いもした。そして一番大切な、ハチの病気について。
「ネットでは、隔離しないとすぐ他の猫に移ると、怖いことばかり書いているけど、私たちの経験ではそういうこともないんですよ」と先生。白血病ウィルスの感染力はあまり強くはないので、経験上、ケンカをしなければそうそう移るものではないとのことだった。もちろん感染の可能性はゼロではないから、隔離が必要ではあるが、いろんな条件や環境で、危険度合いは違ってくる。杓子定規に隔離を優先させると、かえってストレスで発症が早くなることもある。バランスを細かく見ていく必要があるデリケートな問題だ」とのことだった。病気が分かってからすぐに、小虎から隔離しなくていいのかとLINEで聞き、先生から答えもいただいてはいたのだが、じっくり話し、そして2匹の様子を見て理解した。外でも餌を譲ったり、車が来ると小虎を気にしたりと、ハチは小虎をいつも守ろうとしてきた。小虎もハチのことが大好きで、側にいたがった。これは引き離してはかわいそうだ。「先生に全てお任せします」それが一番いいと思った。
飼い猫にみつおさんという猫がいる。彼も同じ地域猫出身だ。そして同じように病気で動けなくなっているところを私が保護した。FIPだった。FIPは致死率90%といわれる、とても怖い伝染病だが、3ヶ月ほどの入院で、なぜか治ってしまった。血液検査をすると異常な数値を出す項目が今もあるのだが、本人は至って元気。先生いわく「これがみつおさんの体の正常値」。交通事故で壊死した足をぶら下げて帰ってきた地域猫を、その後根気よく看護してくださり、見事に骨を再生させてくださったこともある。その猫はその後保護され、今も元気に暮らしている。それぞれの動物のことを丁寧に観察して適切な処置をしてくださり、いつも根気よく諦めないでいてくれる先生方。何より動物自身の気持ちに、常に寄り添おうとする優しさに対しても、私は心から信頼し、尊敬している。
小虎が落ち着いたらワクチンを打ってもらうことになり、うとうとと寝始めた2匹をみながら、部屋に入ってすぐに決めていたことを、最後に先生に伝えた。「小虎が譲渡会に出せる状態にならなかったり、誰も引き取り手が見つからなかったら、私がハチと一緒に引き取ります」。
居場所がなくて、今日のご飯もない、なんて猫が目の前にいると、どうしても放っておけない。これは小さい頃からずっとそうで、何度も親にダメだと言われ、せっかく拾った子猫を泣きながら元の場所に戻しにいった。あんなに辛いことはなかった。早く大人になってお金を稼いで、自立して猫をたくさん助けることができますようにと、毎日のように仏壇で手を合わせてお願いをしていたので、まあ、いわばこの状況は、かなり大変ではあるが夢が叶ったともいえるのかもしれない。小虎もハチもとりあえず私という居場所ができた。そして信頼できる病院が、私が準備できるまで面倒をみてくださる。先ずは安心だ。
LIKELANDACATということわざがあるのを知ったのはつい最近のこと。高い所から落ちるネコのように、困難からサッと切り抜けられるといった幸運をもたらす外国のことわざだそうだ。猫のつく言葉で、こんなポジティブなものがあるなんて知らなかった。
高いところから落ちてしまっても、無事に着地できればなんてことはない。ハチは白血病だった。でもまだ発症はしていない。アムヒビの二階でのんびり過ごすことで、発症せずに一生穏やかなまま終えられるかもしれない。発症しても先生が往診してくださるし、私も猫の闘病は経験ありだから大丈夫。ほんとはあまり経験したくはないけれど、誰もやらないんだもん。私がやるしかないのだ。
あのままだったらハチは、外で暮らし続け、発症して苦しんで餌場にも行けず、誰にも気付かれないまま死んだはずだ。それを考えると、今の状況はとてつもなく幸せである。大丈夫。なんとかなる。何があってもそれを困難だと思わなければ、猫のように、きっと上手に着地できるはずだ。