時間を遡って、製図の講座を受ける少し前、「編み物教室をしてるんだったらSNSは絶対やるべき!」と、知り合いにインスタグラムを強く勧められました。私は普段はおろか、旅行先でさえほとんど写真を撮らないのですが、ブランディングの仕事にも活かせるかもと始めてみることに。
アカウント名はamuhibiknit。毎日コツコツと育てるように編む、編み物のイメージで付けました。アイコンが必要だったので30分ほどでサクッとつくって、さっそくインスタデビュー。その時は編み物教室のためのアカウントだったので、こんな軽い感じで始めたのです。最初の投稿はなぜかミツオさんの寝顔で、当時いいねをくださったのはお2人。amuhibiknitは後にそのままショップの屋号となり、ロゴはやはり使いづらくて新たに作りましたが、アイコンはマークとして、今も編み図の端に付いていたりします。
猫と毛糸は相性がいいので、ついつい飼い猫たちを登場させていたら、猫好きの方もフォローしてくださるようになり、その数も順調に伸びていきました。編んだセーターより、猫のミツオさんのほうがいいねの数が多いので、フォロワーさん、9:1で猫の方が多いのでは、と思うことも。まあそんな猫効果も重なって、念願の1000人台になると、毛糸メーカーさんやオンラインマガジンの編集部などから、ご連絡をいただくことが増えてきました。編み物業界の方々が自分に興味を持ってくださることがとても嬉しく、ますますウェイトは編み物に傾きます。グラフィックデザイナーという裏方の仕事が長かったので、自分自身に直接評価がもらえることが楽しくもあったのです。開始から3年経った2020年のいまも、インスタグラムはショップとお客さまを繋いでくれる架け橋のような存在です。
いいねの数は私にとってはバロメーターのようなもので、見てほしいデザインができたら、それをどんどんアップして、どのくらいいいねやコメントがいただけるかを見ながら、ものづくりに役立てています。目線が客観的なので、思ったほどいいねがもらえなくてもそんなに気にはなりません。あ、これは違うのか、という感じです。
最近「自己肯定感」という言葉を目にすることが多くなりましたが、私はこの自己肯定感が多分高いのだと思います。私ってすごい、というのではなくて、私は大丈夫、という感覚です。この大丈夫感は、他人からの評価で支えられているものではなく、あくまで自家発電的なもの。勝手に大丈夫と思うこの根拠のない自信は、ショップをやるのにかなり助けになっています。ブレないというのは、効率よくショップ運営をするためにも必要な要素だと、改めて思うのです。小さい頃は好きなことしかできないせいでクラスでちょっと浮いたり、人と上手に付き合えなくていじめられたりしていましたが、こうしていつか役に立つので、いま浮いちゃってる若い人も、ぜひそのままブレずに、自分は大丈夫と、のんびり構えていて欲しいです。
さて、フォロワーさんが1000人超えたら、やってみたい事がありました。編み物用のハンドオイルを作ったのですが、ショップをやりたいという思いがなんとなく芽生えてきた頃でもあり、自分がつくったものを、フォロワーさん限定で販売してみたいと思ったのです。
そのハンドオイルは、小さい頃の母の思い出から生まれたものでした。母が編んだものは、どれも母の化粧品の匂いがしていたことを思い出し、ふと、毛糸が匂いをよく吸い込むことに気づきました。「それなら虫除け成分のアロマオイルで調香したら一石二鳥では」「せっかくなら気分が盛り上がる、いい香りにしたいなあ」冬場の乾燥した手につけるハンドクリームは、編む時にベタついて編み辛いので、そこも改善できれば、編み物をする時用に特化したハンドオイルができる。このアイデアに自分で興奮して、すぐ友人のアロマセラピストに電話しました。「面白いですね、今から作りましょうよ」サロン兼用の友人宅まで自転車で10分。ひらめいた30分後には目の前に、「これ全部衣類の虫除け効果のあるやつ」と、精油の瓶がずらり並びました。
「甘くなくすっきりとクリアで、でも時間が経つとスモーキーになるのがいい。真性ラベンダーをベースにしたい」。ふんふん、とうなづきながら、友人がいくつか香りをチョイス。ビーカーの中に、ベースになる最初の香りができ上がりました。
「もうちょいスパイシーに」「もう少しキレが欲しい」などと私が何か言う度、1滴2滴と精油が加えられ、何種類ものサンプルができていきます。「これを嗅ぐと鼻がリセットできるよ」と、渡してくれたオレンジの皮を手に、まるで息継ぎをするように2人で、すーはーと皮を嗅ぎながら調香を重ね、ようやくひとつ、ブレンドオイルの試作第1号ができあがりました。
1号くんは優しくてクリアでいい香りでした。理想にかなり近いのですが、もう少し引っかかりというか個性が欲しい。以前アロマ商品の仕事をした事があり、家にも少し精油のストックがあるので、自分でも作ってみたい、とその日は1号くんを持ち帰りました。わざとイメージとかけ離れた香りを加えることで、かえって香りが引きしまる、というアドバイスを思い出し、冷蔵庫にある20本ほどの精油の中から、「好き」から一番遠い香りの、パチュリを取り出して、思い切って一、二滴加えてみました。土の匂いと称されるパチュリの香り。パチュリは虫除け効果に加えて肌を柔らかくするなど、このオイルにはもってこいの効能があります。1号くんに足して嗅いでみたら、あれ?これ理想に近いぞ。というか、もうこれで決まりじゃない?
翌日それを嗅いだ友人が「わー、いいね、これが欲しかったんだね」と嬉しそうな顔をしたので心が決まります。そうして私の「ニッターズオイル」が誕生しました。
インスタで告知して、作ったオイルを販売してみると、思った以上に良い反応でした。フォロワーさんたちが届いたオイルを写真に撮って投稿してくださったおかげで、最初の30本はすぐに完売。調子に乗って「2回めの頒布会をやります」と投稿したその日、今思えばそれがショップを持つきっかけとなる、2通のメールが届いたのです。
1通はすでに買ってくださった方から。お母様が気に入ってくださり、「ニッター
ズ、ってなに?」と聞かれたそうで、編み物する人が使うんだよ、と答えたところ、「そういえば」と、押し入れの奥から毛糸と針を出して、編み物を始めたのだそうです。それは何十年かぶりのことだったそうで、お客様は、お母さんが編み物ができることを知らなかったと書いてありました。これから編み物を一緒に楽しめると喜んで、わざわざメールをくださったのです。そしてもう1通。それは「あ
なたがやっていることは違法行為です」という書き出しで始まるメールでした。
日本では、肌に触れるものはすべて、薬事法に基づいて、きちんと認可を取らなくてはいけない、という決まりがあります。アロマと希釈オイルのブレンドには、知り合いのアロマ商材の作業部屋を借りるなど、私なりに細心の注意をしてはいましたが、認可を取っていないのは規則に反したこと。そのことについて、ずはり指摘されたのでした。
匿名のそのメールに、私は返事を書きました。指摘について認め、2回目の頒布は取りやめます、とお伝えをし詫びました。書いていると、先ほど届いたばかりの嬉しいメールが頭をよぎります。このオイルを諦めたくない。
それまで漠然と、お店をやってみたい、と思っていたのが、ここで突然「やらなきゃいけない」に変わりました。工場でちゃんと作ってもらってちゃんと販売しよう。1時間ほどかけて書いたメールには、その思いも綴りました。さあ、と決意を込めて送信クリック!でもそのメールは、書いた方へは届きませんでした。正しいことを言ってくださっているのに、なぜかすでに、そのメアドはもう存在していなかったのです。
自己肯定感とインスタとニッターズハンドオイル
2020年08月31日