会える場所をつくりたい。

会える場所をつくりたい。

家を購入する手続きと並行して、建築家の宗像さんとは何度も打ち合わせを重ねていました。毛糸に色があるので、それを引き立てる内装にして欲しいこと。スタッフが検索しやすく、管理しやすいバックヤードが欲しいこと。でもお客さまからの見え方は、いわゆる「お店」っぽくなくて、むしろ若干「さがしもの」をする感覚になって欲しいと思っていること。わくわくして欲しいとも言ったかな。とても小さな庭があるのですが、ウッドデッキにして、ショップの床と繋げて欲しいことと、デッキを一部くり抜いて、そこに常葉樹を植えたいというお願いもしました。ショップの1階はなんとなくそんな感じです。

2階は編み物教室のフロアです。2階の窓からは、高校のグラウンドが見えます。文武ともに盛んな高校なので、熱血指導の声も結構響いていました。「やました走らんかー!」という声が聞こえてくると、クスッと笑えてきて、なんとなく気分が上がるのですが、毎日だとどうかな、編み物されてるお客さまにはどうかな、と思い、音を遮断する窓にしました。元気になりたくなったら開けることにします。

一番気にしたのは猫のことです。もともとこの家を買うに至った最初の動機付けはハチくんという名の地域猫でした。彼と仲良しの小虎も一緒に保護するので、2階には彼らの部屋がありますが、お客様がいらっしゃる間は、ケージに閉じ込めておくつもりでした。猫は昼間は基本寝て過ごすから問題ないと思いつつも、

「NO」が最初から存在することに、自分がストレスを感じはじめていたのです。

「ムネカタさん、猫なんですけど、出しちゃダメですかね」「んー、みきこさんのお店だから、みきこさんがしたいようにすればいいと思いますよ」「2階だけならウロウロしててもいいかと思うようになりました。お客さまがいやでなければ」「猫NGのお客様は下のテーブルで対応されたらどうでしょう」「...いいかな?それで」

心が決まりました。猫の居場所をつくりたいというところからスタートしたショップ探しなのに、また猫をどうしよう、なんて思いたくない。それに猫と一緒に過ごせるのんびりした編み物教室って、そちらの方がきっと私らしい。

スッキリしたー、という私にムネカタさんが「猫について、僕にして欲しいことってありますか?」と聞いてくださいました。「ん?いえ特には」「猫ドアとか」「わ、いるー!いりますそれ必要です!あ、そうだムネカタさん、あれもいるよ、ほら、キャットウォーク!かっこいいのつけてください。屋根裏剥がすから、ちょうどいいかも!」

ということで2階は急転直下、猫カフェみたいな教室になります。といってもあくまで教室なので、2匹以上は増やしません。私の個人的なシェルターなので、一般的な保護活動も行いません。でもたとえばここで小虎を気に入ってくれた方が、彼を家族に迎えてくれたりと、そんな出会いの場所になればとても嬉しいです。落ち着ける場所で暮らせることは、小虎にとっても幸せなことでしょう。

さて肝心のインテリアですが、2階はクリームを基調に、グッと落ち着いた雰囲気になる予定です。教室というよりサロンな感じ。編み物をしていただくスペースには、アンティークの形の違うテーブルを3台入れます。コロナが落ち着いたらいろんなゲストの方に、ワークショップをしていただくつもりでいるので、たくさんの人に参加いただくのなら普通の長机がいいだろうとは思いましたが、ちょっと無駄スペースができちゃうくらいが居心地いいと思ったのでやめました。編み物のワークショップだけでなく、アロマのワークショップやアクセサリーとか洋服のポップアップショップも、2階でできたらいいなあと思います。私の中ではもう何人か、素敵でご機嫌な顔が浮かんでいます。彼らと楽しいことができて、来てくださるお客さまと共有できたら最高です。そして一番大きな白い壁には、画家の山口一郎さんが、絵を描いてくださることになりました。私は彼の絵の大ファンで、いつか壁に直接絵を描いていただきたいと妄想していたのが本当になりました。なんという幸せな私とおみせ。これについてはまた改めて、文章を寄せたいと思います。

いまわたし、曲を聴きながらこれを書いています。Yamaさんという女性ボーカリストのアルバムです。「春を告げる」という大ヒットした曲があって、それはくじらさんという男性がつくり、彼女が歌ったものなのですが、ストリーミング配信されるまで、二人は一度も会わずに、データのやり取りだけで曲づくりをしたのだそうです。「春を告げる」に限らず、ヒットしている曲の中には、CDの制作なしにオンラインから大ヒットしている曲が多いのにも驚きます。2021年は風の時代。モノや場所に依存する土の時代は終わりを告げたといろんな人が話していますが、それを肌で実感した事例のひとつです。

なのに私は家という、かなり大きなモノを買いました。ゼロが並ぶ見積書を見ながら、「あれ?」と、ふと我にかえる夜。自分がしたいことって、こんなにたくさんのお金が必要なことだったっけ。いまのアトリエに入る分だけの商品を並べて、もっとデザインの方に力を入れて、教室もショップもオンラインをメインにすれば、今のままでも十分、自分がやりたいことができるだろうに。コロナという痛みとともに現れた新たな選択肢が、これからは主流となる世の中になることはなんとなく分かっているのに、それでもわたしはショップにするための家を買ったのでした。

何日かそんなことを考えながらデスクワークに没頭する日々が続いていました。現在はオンラインショップの引っ越し準備のため、アトリエの営業は約半分に縮小しているところ。アトリエのテーブルでひとり、意外と費用がかかるショップづくりにうんうん唸る日々が続いています。限られた予算で納得いくものをつくるってほんとに難しい。そしていまは風の時代。これからどんどんオンラインが主流となっていきます。なのにこれこら実店舗を出すなんて、時代と逆行してないか?と、思うこともよくあって。

振り返るとアトリエは今月でちょうど2年目を迎えたばかり。いいお客さまに恵まれて、編み物を楽しむ人たちでいつも賑わっています。2階から聞こえてくるお客さまの明るい声を聞きながら、初心者の方に編み方を教える日々はとても楽しいです。編んだショールを帰り際になって玄関で、「見てください」と、恥ずかしそうに出してくれた女の子のことや、このアトリエを知ったおかげで、30年ぶりに編み物を再開したのよと、言ってくださったおばあさん、手づくりのアムヒビグッズをプレゼントしてくださる方や、手が回らない私の代わりに、初心者さんに編み物を教えてくださるベテランのお客さまもたくさん。これまでアトリエでは、素敵な出会いをたくさんいただきました。

ちいさなしあわせの種はいくつもアトリエに撒かれ、私やスタッフはひとつひとつを大切に受け取りながら、小さなアパートでご縁を繋いできました。最初の半年ほどはほとんどどなたも来られなかったこの部屋に、いまでは九州内外から、毎日編み物好きの方々が、毛糸を買いに、編み物をしに来てくださっています。遠くから来てくださるお客さまに、狭くて申し訳ないと思うようになったのは、ここ1年ほどのこと。そんな中起きた地域猫騒動でした。新しくお店を持つという決心の、背中を押してくれたハチと小虎を眺めながら編み物をする日が、ほんとに実現できることになってホッとしています。

お店があって、そこで働く私たちがいて、来てくださるお客さまがいて。それで初めてお店という場所にいのちが吹き込まれるのだとしたら、アムヒビのお店はようやく歩きはじめた、というところでしょうか。よちよち歩きではあるけれど、いまのアトリエから思い切って飛び出す決心をしました。いま、大きな時代の変わり目にいる私たち。実店舗を持つということは、時代の流れとは少し逆行してしまうのかもしれないのですが、やっぱり私はショップでお客さまとお会いするのが好きだし、毛糸は見て触ってにおいを嗅いで買って欲しい。お客さまにとっても、糸や道具との出会いの場所になればと思っています。

風の時代を意識して(笑)、オンラインでも「出会える場所」にしよう、ということで、いつでもすぐに配信できるようにと、自分の部屋にYouTube用のブースも作ることにしました。そこでは、編み物講座や、YouTube番組を配信したいと思っています。中身はまだ今から考えますが、いろんな悩み相談室みたいなものができたらいいかなと思います。

アムヒビニットのショップオープンは2021年5月16日。今日がちょうど3ヶ月前となります。できあがるまでの物語を今日からここで綴っていきたいです。どうぞみなさま、ハラハラしながら見守ってください。お店づくりの参考にでも、なればいいかなと思います。そして怒涛の3ヶ月後には、晴れ晴れした気持ちで、開店のドアを開けたいです。いつかみなさまとも、アムヒビのお店でお会いしましょう。

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2021年2月17日。これを書いた翌日に、小虎が急逝しました。1時間前まで元気にご飯を食べていたのに、次に見に行ったら倒れていたとのことで、突然死だったそうです。病院で保護された当初は、慣れない暮らしがストレスだったようで、私が知っている小虎とはまるで違う険しい顔の時がありました。少し前に会った時は、のんびり眠っていて、よかったと安心していたのに。まさかこんなに早く別れが来るとは思っていませんでした。とても優しい目をした猫で、おっとりした仕草が可愛い子でした。ずっと頑張って生きてきた小虎。安心できる穏やかな生活をさせてあげたかったです。居場所を作ってあげられずにごめんね。